福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)403号 判決
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「控訴人等の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は、
控訴代理人に於て、
(一) 本件建物は、元バラツク素建の倉庫で、訴外西隆則所有以前より、家屋台帳上の登録も登記簿上の登記も存しなかつたが、訴外中村純造は、昭和二十二年一月右西隆則より、右建物を買戻約款附にて買受け、西隆則が昭和二十二年三月三十日迄の買戻期限を徒過したため、完全に之が所有権を取得し、昭和二十二年十月十五日更に之を訴外山下幸平に代金八万五千円にて売却引渡した。而して、右山下は、其の後同月三十日附を以て戦災復興院総裁に宛て本件建物を住宅に改造するための許可申請書を提出して其の許可を得、買受価格の二倍半以上にも達する金二十万円余を投じて之を十一戸構の棟割住宅に改造し、昭和二十三年一月改築竣工の上、更に之を控訴人等に譲渡し、同人等に於て更に本件建物内の畳、建具等の取付等をなしたため、本件家屋は当時時価四十五万円相当と評価せらるるに至つたのである。然るに、訴外西隆則は、本件建物につき、既に所有権を有しないのに拘らず、当時尚登記簿上未登記のものであることを奇貨とし、訴外山下に於て多額の資金を投じて本件建物を改造し更に控訴人等が之を譲受けた後同人等に於て、畳、建具等を取付けた事情を知悉しながら、控訴人等不知の間に更に昭和二十三年五月上旬訴外西テル(西隆則の妻で同年五月八日隆則と協議離婚の届出を為し西岡姓となつた者)の名義を冒用して本件建物につき同人の所有名義を以て家屋台帳の登録を為し、次いで同月十七日同じく西テル名義を冒用し同人名義を以て保存登記手続を了した上、即日之を西テルより被控訴人に売渡したものとして之が所有権移転登記手続を経由したのである。従つて、西テル名義でなされた右所有権保存登記も、また同人より被控訴人への所有権移転の登記も共に申請人の意思に基かず他人の偽造に係る書類に基きなされた登記であつて、いずれも無効と謂うの外ないのである。
(二) 一般に建物を他より買受くるに当つては、当該建物を見分し該建物に賃貸借関係が存するか否か、存するとすれば何人が賃借人であるか、その賃貸借契約の内容如何等につき、調査を遂げた上で、売買契約を締結するのが普通であり、若し被控訴人に於て、本件建物を見分したのであれば、当時本件建物は時価四十五万円相当のものであり之を代金六万九千二百円にて売買すると云うが如きことはあり得べからざることであつたのである。被控訴人は、以上の諸点につき何等調査をなした形跡もなく、西隆則より本件建物を買受けたりとして西テル名義に保存登記を経た上、即日西テルより被控訴人に売買に因る所有権移転登記手続がなされてゐるのである。以上の事実に徴すると西隆則と被控訴人とは相通謀して殊更に西テル名義による保存登記や被控訴人に対する移転登記を為した上、本訴を提起したものであつて、被控訴人は右登記により控訴人等に所有権を以て対抗することは出来ない。
(三) 仮に本件建物が被控訴人の所有で前記登記により控訴人等に対抗することが出来るとしても、控訴人三島繁郎、同河野操、同吉永乗竜、同古瀬初枝は既に本件建物中その各居住部分を他に売却してゐないから、同控訴人等に関する限り被控訴人の請求は理由がない。
と、述べ、被控訴人に於て、
(一) 控訴人主張の右(一)の事実は否認する。西隆則は本件建物を他より買受けた際当時の妻西テル(離婚後は西岡テル)との間に同人名義を以て右建物に保存登記する旨の合意が成立してゐた関係上、西テル名義で家屋台帳登録申請及び保存登記並びに所有権移転登記申請をなすに至つたもので、右登記申請書等には何等偽造というべきものは存しない。又未登記建物を他に売却した場合には、売渡人に於て先づ保存登記を履践した上所有権移転登記手続に及ぶのは極めて通常の事例に属し、買受人に於て直に自己名義を以て保存登記することがむしろ異例に属するのである。西隆則が訴外中村に本件建物を売却したとしても、その後、西テルとの合意に基き同人名義で之に保存登記をなすは、固より適法で、被控訴人が西テルより売買による所有権移転登記を受けたことについては何等のかしもない。
(二) 控訴人等主張の右(二)(三)の事実はいづれも否認する。一般に不動産の買受人は該不動産に存する登記の公信力に基き買受けの意思を決定するもので、控訴人等主張の様にその不動産に居住する者の権利関係を詳細調査するという如きは、不可能の事に属し、不動産が未登記である以上これに付保存登記をなす者を右不動産の所有者なりと信ずるは一般取引の通念であつて、被控訴人が本件建物を買受け之に付所有権取得登記を経由したのも、右の例によるもので、何等の異例と見るべきものはない。
と、述べ、
<立証省略>
と述べた外、原判決事実摘示と同一だからここに引用する。
三、理 由
熊本市二本木町杉馬場一七一番の一家屋番号第三百十二番の二木造平家建住家一棟建坪六十三坪が、元訴外西隆則の所有であつたことは当事者間に争のないところである。
而して成立に争のない甲第五号証、当審証人赤池寅雄の証言、同証言により成立を認め得る甲第九号証の一・二、公証部分の成立に争なく其の余の部分は原審証人西隆則の証言に徴し成立を認める甲第一号証及び同証人の証言と当審に於ける被控訴本人尋問の結果を綜合すると、訴外赤池寅雄は、昭和二十二年十月一日訴外西隆則に本件建物を担保として金五万五千円を同月三十日迄に弁済の約で貸付けたところ、弁済期を過ぎても西隆則に於て弁済出来なかつた為、その頃西隆則・赤池寅雄及び赤池と昵懇の間柄である被控訴人の三者合意の上、本件建物を赤池が西より買受け更に之を被控訴人に譲渡することとし、昭和二十三年五月十八日西隆則に於て本件建物につき訴外西テル名義にて保存登記の上同日同人名義により被控訴人に対し所有権移転登記を了した事実を認めることが出来る。右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで控訴人等は「本件建物は昭和二十二年二月中に既に訴外中村純造が西隆則より買受けたもので、その後訴外中村より訴外山下を経て控訴人等の所有に帰したもの」と主張する。而して前顕証人西隆則の証言により成立を認め得る乙第一、二号証、公正部分の成立に争なく爾余の部分の成立は当審並びに原審証人山下幸平の証言により成立を認め得る同第三号証の一・二、同証人の証言により成立を認める乙第四号証の一乃至十、原審並びに当審証人中村純造、当審証人広兼かほる、同今村重男(第一回)の各証言当審における控訴本人長田駒彦(第一回)原審に於ける控訴本人徳永章の各尋問の結果を綜合すると、訴外西隆則は本件建物を赤池寅雄に売渡すに先立ち、昭和二十二年二月頃、之を訴外中村純造に対し代金七万円を以て買戻約款付で売渡して居つたところ、西隆則が昭和二十二年三月三十日までの右買戻期限を徒過したので、訴外中村純造は本件建物につき完全に所有権を取得し、其の後同年十月十五日頃訴外山下幸平に代金八万五千円で売却したこと、山下は右買受後当時バラツクの素建の自動車の仮倉庫であつた本件建物を十一戸構の棟割住宅に改築の上、昭和二十三年二月一日其の棟割住宅に改築の上昭和二十三年二月一日其の棟割住宅の一戸を控訴人竹下敬生に、同月二日内一戸を同長田駒彦に、内一戸を同月十六日同吉永乗竜に、内一戸を同日同河野操に、内一戸を同月二十八日同古瀬初枝に、同月二十九日訴外中村純造を介して内一戸を同安達進に、内一戸を同陣内孝夫に、内一戸を訴外吉田ハツこと沖ハツに、内一戸を同年三月一日同徳永章に、内二戸を同月十七日訴外中村純造を介して訴外三島繁野にそれぞれ売渡し、更に訴外沖ハツは、同年十月二十八日右買受部分を控訴人今村コマに売渡し以上いづれの売買も之が所有権移転登記は勿論其の他何等の登記手続をも経由しなかつたことを認めることが出来る。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の認定事実によると、訴外西隆則は本件建物を訴外中村純造に売渡すと共に他面訴外赤池にも之を売渡したものであるから、所謂二重譲渡をなしたものに外ならないのである。か様な場合、右譲受人の内何れか一方が本件建物につき所有権移転登記を受くるか、又は直接その名義を以て保存登記を得れば、他方の登記なき譲受人に対しては、右譲受日の前後の如何を問うことなく、所有権の取得を以て対抗し得べく、他の譲受人は登記ある譲受人に対し所有権の取得を主張し得ないものといわねばならない。ところで、訴外山下より訴外中村又はその他の訴外人を通じて本件建物を買受けた控訴人等が、何等の登記を有せず被控訴人については訴外西テルよりの所有権移転登記のなされてゐること、前記認定の通りであるから、被控訴人が右登記により自己の所有権取得を以て控訴人等に対抗し得るものであるか否かについて更に検討せねばならない。
思うに、不動産に関する登記が申請に基いて為さるべき場合には、その申請が申請人の意思に基くものでなければならぬことは申すまでもないところであつて、若し申請人の意思に反し偽造の書類に基き登記が為された場合には、たとえその登記によつて表示せらる権利関係が真実の権利関係に符合するときでも、登記は無効と解するのが相当である。さてこれを本件について見るに、本件建物については、先づ訴外西テルの所有名義に保存登記がなされ然る後西テルより被控訴人に対する売買を原因として被控訴人のため所有権取得登記がなされてゐることは、前記認定の通りであり、成立に争のない乙第七号証一・二、同第八号証、同第九号証の一・二、同第十号証の三、同第十二号証と当審証人西岡テルの証言を綜合すると、訴外西岡テルは訴外西隆則と結婚し届出も了してゐたが、協議の上離婚し、昭和二十三年五月八日その届出をなし、その頃隆則と別居した者であつて、本件建物につき昭和二十三年五月十八日受附西テル名義を以てなされた保存登記及び西テルより被控訴人に対する売買を原因とする同日受附の所有権取得登記手続については、テル自身は全然干知せず、右登記申請はいづれも訴外西隆則が西テル名義を冒用してなしたものであること認めることが出来る。被控訴人は「右登記申請については、当時なお訴外西隆則の妻であつた西テルとの合意に基き、同人名義を以て登記申請したものだ。」と、主張するけれども、原審証人西岡テル、同西隆則の各証言及び当審に於ける被控訴本人尋問の結果中、右主張に副う部分はいづれも前顕各証拠に対比し措信することが出来ないし、他に右主張事実を認めて前記認定を覆すに足りる証拠はない。そうだとすれば、右西テル名義の所有権保存登記は勿論、被控訴人の所有権取得登記も、登記義務者としての申請人西テルの意思に基かずしてなされた無効のものと謂はねばならないから、被控訴人は本件建物についての所有権の取得を以て控訴人等に対抗し得ないものと云わねばならない。のみならず右所有権取得登記は被控訴人が現に本件建物につき所有権を有することの実体上の権利関係に符合するから、有効である。と解するの余地があるとしても、原審並びに当審証人山下幸平、当審証人今村重男(第一回)の各証言によれば、本件建物は元逓信局が自動車保管のため仮に建設したバラツク素建の仮倉庫で、訴外山下が之を買受けた後、約二十万円余を投じて十一戸構の棟割住宅に改造し、昭和二十三年二月以降控訴人等に於て夫々之に畳建具を取付け、同年五月被控訴人が訴外西隆則より本件建物を買受けた当時には、全く建物の様相が一変し価格も四十万円を下らないものとなつていたこと、訴外西隆則・訴外赤池及び被控訴人は、十分右の事実を知悉しながら本件建物につき前記の様な譲渡行為を為したものであること、を認めることが出来る。而して、赤池寅雄が訴外西隆則より本件建物を買受けた代金、ひいて、被控訴人が取得した代金は、甲第一号証によれば六万九千二百円に過ぎないが、仮に当審における被控訴本人の陳述を信用しても、その代価は十万五千円を出でないものである。以上認定の事実に前顕証人今村重男(第一回)及び同証人山下幸平の証言を綜合すると赤池寅雄及び被控訴人は本件建物が既に山下幸平に譲渡され同人等によつて前記の様に改造されて価格も数倍に上つて居り、且つその家屋に控訴人等多数者が入居して居る事実を十分知悉し乍ら、自己に不当に利益を得んとの企図の下に西隆則と通謀して、本件建物の売買をなし前記の様な登記を経由したものであることを窺うに足り、他に右認定を覆すに足る証拠はない。か様な事情の下に所有権を取得した被控訴人が控訴人等に対しその登記の欠缺を主張しその所有権の取得を否定せんとするが如きは、著しく社会正義に反し信義にもとるものと云うべく、従つて、被控訴人は登記の欠缺を主張するにつき、正当の利益を有しないものと解するのが相当である。
そうだとすれば被控訴人は本件建物の所有権の取得を以て控訴人等に対抗し得ない者であるから、その所有者であることを理由とする被控訴人の本訴請求は、すでに此点に於て失当として棄却を免れないものである。
よつて、右と異り被控訴人の請求を全部認容した原判決は、不相当で、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 高次三吉)